牧隆志-略歴と仕事
牧隆志(まき たかし)
昭和47年(1972年)2月18日生
1972年生れ
生家は長野市小柴見、生後少しして安茂里に引越して今日まで実家がある。彼は小さいときから勉強は好きではなかった。
親からも何か物作りが向いていると言われていた、そんな言葉がずっと本人の心の片隅に残り、それがきっかけで現在に至る原動力になったと思います。
本人の言葉でも、学校の勉強は大嫌いで絵を描いたり物作りの方が余程好きだったので、漠然とはそんな仕事ができればいいな、と思っていたようです。
1987−1990年
通っていた高校には美術部があり、しかも陶芸のロクロなど道具と窯が揃っていた。長野県内の学校でも陶芸の設備がある所は少ないと思うので、彼にとっては大変幸運に恵まれた環境だったと思う。
そして、「高校には勉強より陶芸をするために通っていた」と本人も話すくらいで、その時代から熱中していたのだろうと想像できる。
こんな良い目標が持てたことは、受験勉強を中途半端にするよりも、幸せなことだと思ってしまう。
1990−1991年
高校を卒業してからは、愛知県の瀬戸市にある愛知県立窯業高等技術専門学校に通い、1年間陶芸を学んだ。
1991−1998年
瀬戸にいた頃、焼物の本に備前焼の写真を見て憧れていたため、岡山県の備前焼窯元の陶正園で7年間、ろくろ職人として働いた。
しかしその間は、決して順風満帆ではなかった。悩んだり苦しんだりしたが、職場は比較的自由な雰囲気だったので、伸び伸びと仕事はやっていた。
1998−2000年
その後、バイクで1年半ほど日本一周の気ままな旅に出た。
各地の博物館などにある弥生式や縄文式の土器、須恵器(5世紀〜15世紀)をスケッチしたり、各地の焼物見て回る事が主な目的だった。
2000年
現在の窯(宮崎氏の元工房)を借りる事ができました。
この場所は、信濃三十三番十一番札所の清滝阿弥陀堂の先にあり、近くは松代町から千曲川の先には千曲市、更に遠くアルプスの山並を望む風光明媚な所です。
3月から工房に入り、9月にガス窯を入れて作品を焼き始めました。
※宮崎氏は、陶隆窯の麓の場所に『あまかざり工房』を開いて仕事をなさっています。
2002年に初個展を、松代町内で開催しました。以降個展は、春は4月半ばから末のアンズの花が咲く頃に、秋は近隣の会場で行っています。
2006年
工房は山間部の林の中にあって、道中は急傾斜に道を空けてあるので、松代町の市街や住宅地からも近い割には、車で入るとすぐに山深い印象になる不思議なところです。
2007年以降の予定など
牧さんは、今後できればオブジェのような作品を多く造ってゆきたいと言うことです。
それから、一人で自由気ままにいずれの会にも所属することなく、独自の道を行きたいと願っています。
あとがき
古い登り窯がありますが、窯も潰れ屋根も支柱が不完全なので、全て修復して作り直さないと使うことができません。雪も多く降るので、まずは柱や屋根も丈夫にする修理が必要です。潰れた窯をいったん全て解体して、煉瓦なども積み直してゆくので一人だと時間がかかりそうです。
登り窯ができれば、薪の火による作品を創ることができます。また更に作品が今までと違った方向に展開する事でしょう。本人もできれば早く薪窯を復活して、作品を創ってゆきたいと思っています。















